熊本地方裁判所八代支部 昭和56年(ワ)65号 判決
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【判旨】
一本件事故の態様及び治療の経過
1 被告は、昭和五三年七月二二日午前九時五五分ころ、A道路を八代市興善寺町方面から同市川田町西方面へ被告車を運転して進行中同市川田町東三一番先本件交差点に差しかかつた際、折から八代郡千丁町方面から国道三号線に至るB道路を八代市東町方面へ進行してきた原告運転の原告車に本件交差点内において被告車を衝突せしめ、原告に対し、左第五、六、九肋骨々折、左踵部外側弁状裂創、左上腕及び肘関節打撲症、同踵骨開放骨折、右上腕打撲症、頭部外傷、左恥骨々折尿閉の傷害を負わしめたことは、当事者間に争いがない。
2 <中略>
なお<証拠>によれば、原告の前記受傷による後遺障害症状が、昭和五五年二月二〇日固定し、はじめ後遺障害四級に認定されたが、再審査の結果、両眼視力障害二級二号と左膝関節機能障害一二級七号が併合され後遺障害一級に認定されたことが認められる。
二運行供用者責任<省略>
三損害
1 治療費 金三〇三万五、一八九円
2 入院雑費 金一八万九、〇〇〇円
3 入院付添費 金一〇九万三、九五〇円
4 通院付添費 金八万四、〇〇〇円
5 休業損害 金三五六万二、五〇〇円
(一) <証拠>によれば、本件事故当時の原告の家族構成は、夫正行(六五歳)、先妻の二女信子(三一歳)、二女里美(二一歳)、長男信之(一六歳)で、うち信子は東京で準看護婦をして別居しており、長男信之は高校在学中であつて、家業である農業に従事していた者は、夫正行、原告、二女里美の三名であつたことが認められる。
(二) <証拠>によれば、原告の夫正行の所有する農地は、公簿上田一町一反一畝八歩、畑252.9坪(約八畝)であり、右の事実と証人田島政人の証言によれば、原告方では約一町一反の田でい草と水稲を生産していること及び一反位に自家用野菜その他柑橘類を生産していることが認められる。耕地面積が約一町五反である旨の原告本人の供述は、にわかに措信できない。
(三) そこで原告方の農業経営による年間収入につき検討するに、<証拠>によれば、原告の夫正行の所属する龍峯中央農業協同組合に同人名義で出荷した農産物の代金額は、昭和五〇年度が水稲一一一万六、九四三円、い製品金二二三万四、六〇〇円、同五一年度が水稲金八四万〇、六四三円、い製品金四〇六万五、一〇九円、い原草金七七万一、五五二円、同五二年度が水稲一二三万八、八九六円、い製品金一七四万〇、九九四円であることが認められる。
一方右農協に出荷した以外の原告方が生産したい草については、原告は甲第二九号証ないし第三三号証を提出し、証人浦川昇の証言を援用するが、右書証のうち甲第三三号証を除くその余の書証によれば、浦川昇が原告方から買付けたとするい草の代金額は、昭和五〇年度が金六四八万円、同五一年度が金五〇二万円、同五二年度が金二九七万円となるところ、右浦川証言はあいまいであるうえ、耕地面積との関係で右各書証の記載及び同証言はにわかに措信しがたく、ほかに右各金額を認めるに足る証拠はない。(たとえば、甲第二九、第三〇号証によれば、昭和五一年度右浦川は原告方からい草計三、一〇〇貫を買付けていることになつているところ、甲第三三号証によれば反当りい草約二六五貫が生産されると認められるから、右浦川は田約一町一反分のい草を買付けていることとなる。しかし調査嘱託の結果((乙第五五号証の四))によれば、同年度に前記農協は原告方からい製品三、一四〇枚及びい草七七万一、五五二円分を買上げていることが認められ、これは後記証人田島政人の証言によれば、約三反分以上であつて、前認定の原告方のい草耕地面積を超過することとなる。昭和五〇、五二年度分についても同じ。措信できないゆえんである。)
そこで当裁判所は、<証拠>に基き、昭和五一年から同五三年までの熊本県下における耕地面積一町一反(約109.09アール)の農家の水稲及びい草の年間平均生産額を算出すると、水稲金一六〇万〇、六一〇円、い草金五〇四万二、〇七四円合計金六六四万二、六八八円となることが認められる。もつとも証人田島政人の証言によれば、い製品の場合反当り一枚約六〇〇円のものが約一、〇〇〇枚宛生産されることが認められるから、い製品にした場合並びに原告方で生産していると認められる柑橘類、自家用野菜類(証人石村里美、田島政人の各証言)の生産額を考慮し原告方の昭和五〇年から同五三年までの年間平均総収入は金七五〇万円と認めるのが相当である。
(四) 次に控除すべき経費率につき検討するに、前記乙第七〇号証によれば、昭和五一年ないし五三年の平均経費率は、水稲が約34.5パーセントであり、い草が約46.1パーセントであることが認められるところ、その他の生産物等もあるので、これを平均して約四割と認めるのが相当である。そうすると原告方の粗収入は約四五〇万円と認められる。
(五) 次に原告の寄与率につき考えるに、本件事故当時の原告方の農業に従事していた者は、原告、同人の夫正行、二女里美の三名であるが、里美は熊本市の会社に就職していた者であるところ、兄賢一(先妻の長男二六歳)が昭和五一年三月二九日死亡したため、職場を辞して農業に従事することとなつたことが認められる。また原告の夫正行は、<証拠>によれば、昭和四七年一〇月三一日翼状片という視力障害のため第二種身体障害者六級の認定を受け、さらに<証拠>によれば、昭和五〇年九月ころ突発性腰稚症及び坐骨神経痛に罹患し、以後労働能力が減退していることが窺われ、しかも同人は六〇歳を過ぎていたため右賢一生存中の家業に対するそれぞれの寄与分は、賢一と原告が各四〇パーセント、右正行が二〇パーセントであつたことが認められる。したがつて賢一死亡により原告の負担分が増加し、本件事故当時は原告が五〇パーセント、夫正行と里美が各二五パーセントの寄与をしていたと認めるのが相当である。このことは、<証拠>によつても首肯できるところである。そうすると原告の年間逸失利益は、本件事故後労働能力を全部喪失していると認められるから金二二五万円としなければならず、本件事故当日である昭和五三年七月二二日から原告の前記症状が固定した同五五年二月二〇日までの約一年七月の同人の休業損害は、金三五六万二、五〇〇円と認める。
6 逸失利益 金二、二一二万四、三四〇円
前認定のとおり原告は本件事故により労働能力を一〇〇パーセント喪失していることが認められるところ、本件事故当時原告は五二歳で健康で働き者であつたことが認められ、いわゆる身上譲りが長男信之が妻帯する時点で行われると認める余地があるとしても、二女里美は近い将来婚姻する可能性が強いこと、原告の夫正行の寄与率は漸次減少することなどが考えられるから、原告の寄与率は五二歳から五八歳に達するまでは、やはり五〇パーセント、五八歳から六五歳に達するまでは四〇パーセントであると認めるのが相当である。(原告の長男信之は、同人の証言によれば、高校卒業後就職を希望し、いわゆる兼業農家として生活していくはずであつたことが認められるから、同人の農業に対する寄与率を過大に評価できない。)
以上をもとに原告の逸失利益を算出すると、原告が五二歳(症状固定した時)から五八歳に達するまでの六年間は
2,250,000円×5.1336(新ホフマン係数)=11,550,600円
五八歳から六五歳に達するまでの七年間は
(4,500,000円×0.4)×5.8743(新ホフマン係数)=10,573,740円
合計金二、二一二万四、三四〇円となる。<以下、省略>
(豊田圭一)